令和7年度自衛隊指揮官幹部会同 内閣総理大臣訓示
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我が国国防の中核を担う幹部諸官に対し、一言申し上げます。
本日、自衛隊指揮官幹部会同に出席する機会を得られました。地方に所在する主要部隊指揮官もオンラインで参加されていると承知をいたしております。このような場において、自衛隊の最高指揮官たる内閣総理大臣として、私の考えを直接諸官に伝えることは、我が国の防衛政策を円滑に遂行していく上で、また、民主主義国家の根本を成す文民統制を実効あらしめる上で、極めて意義深いものであると考えております。
我が国の独立と平和を守り抜くため、防衛省・自衛隊がいかにあるべきか、今後何をなすべきかについて、以下、私の考えを申し述べます。
始めに文民統制について申し上げます。文民統制とは、軍事に対する政治の優先を意味するものとされておりますが、これは政治が一方的に意思を示すことを指すものではありません。我が国防衛のため、自衛官諸官が、法制度や装備、部隊の運用について、専門家としての立場から政治に意見を述べること、これは諸官の権利であるとともに義務でもあると私は平素から考えております。政治を補佐する立場でありながら何も言わないことはあるべき姿ではありません。文民統制を機能させるため、諸官が専門家の立場から積極的に意見具申されることを期待します。
18年前、防衛大臣として、ここ市ヶ谷で自衛隊高級幹部会同に出席し、訓示を行いました。
当時は、国際テロ組織を始めとする非国家主体が重大な脅威であり、国際社会はこれに一致して対応しておりました。その中で、インド洋における海上自衛隊の活動継続など、国際社会の取組に我が国としていかに貢献していくかが大きな課題となっておりました。
あれから18年、我が国を取り巻く安全保障環境は大きく変化し、一層厳しく複雑なものとなりました。
中国による、東シナ海・南シナ海での力による一方的な現状変更の試み、北朝鮮による弾道ミサイルの発射と能力の増強、ロシアによるウクライナ侵略と北朝鮮兵士のロシアへの派遣、イランの核開発とそれへのイスラエルや米国による対応。現下のウクライナ情勢、中東情勢、東アジア情勢は相互に密接に関連する状況であります。
一たび武力侵攻が起これば、当たり前だった日常が失われる事実を我々はウクライナで目の当たりにしました。「今日のウクライナに起こっている状況は明日、東アジアで起こるかもしれない」との不安を、多くの国民が抱いております。
このような中、武力侵攻といった脅威が我が国に及ばないよう抑止力を強化すること。これが我々に求められていることであり、国家安全保障戦略等に基づく防衛力の抜本的強化は、今後も着実に進めていくことが必要であります。
そして、その取組の真価は日々問われ続けております。自衛隊の能力が信頼の置ける抑止力として維持・強化されているか、平素から発生する各種事案に有効に対処できているか、これらの取組によって国民に安全と安心をもたらすことができているか。その答えは諸官の取組いかんにかかっております。
抑止力としての自衛隊に国民から確固たる信頼を寄せていただけるよう、諸官にはたゆまぬ努力を求めるものであります。
先ほど、本年3月に新編された統合作戦司令部を視察し、現状について報告を受けました。
統合運用の重要性は、かつて防衛庁長官を務めていたときから認識されておりましたが、その重要性は不可逆的に増大しております。
統合作戦司令部の発足により、自衛隊の統合運用強化の取組は大きな節目を迎えました。情勢の推移に応じたシームレスな対応、領域横断作戦も含めた統合運用態勢の確立。これらを目的に統合作戦司令部は新編されましたが、組織を新編すればその目的が達成できるものではありません。統合作戦司令部の下、統合運用の実効性が更に向上するよう、諸官の更なる取組を求めます。
同時に、運用が統合である以上、防衛力整備も統合でなければなりません。個別最適の総和が全体最適になるものでは決してありません。防衛大臣のときから申し上げているとおりでございます。
ウクライナの戦いに見られますように、技術は進歩し、戦い方は絶えず変化・進化しております。これまでの慣例や陸海空の垣根に捕らわれるものではなく、変化を敏感に感じ取る繊細さ、いかなる変化も恐れない大胆さが諸官には求められております。
こうしたことも踏まえながら、今後いかにして実効的な防衛力を構築するか、絶えず考えていただきたいと存じます。
そして何よりも、防衛力の中核を担うのは、自衛官諸官であります。全身全霊をかけて任務に当たる諸官の努力こそが、我が国の抑止力であり、国民の命と平和な暮らしを守る力そのものであります。
かくも崇高な任務を付与された自衛官であるからこそ、国民から尊敬され、誇りと名誉を持って任務に専念できる、この体制を整備することは、国家として、政府として当然の責務であります。
自衛隊には、最高の規律が求められると同時に、最高の栄誉が与えられなければなりません。このような信念の下、昨年末、私が議長となる関係閣僚会議を設置し、自衛官の処遇・勤務環境の改善及び新たな生涯設計の確立に関する基本方針を取りまとめたところであります。
これを踏まえ、中谷防衛大臣の下、30を超える手当等の新設・金額の引上げなど、過去に例のない取組が既に実現しています。
先日の関係閣僚会議では、現役自衛官の勤務意欲、自衛官の人材確保にも効果が表れ始めていることを確認をいたしました。
私自身も、先月舞鶴において、若い自衛官や中堅幹部の方々から処遇改善についての感想や今後の要望を承ったところであります。
諸官におかれても、各級の隊員が何を求めているかを把握をし、隊員の声を組織としての取組にいかしていただきたい。引き続き、隊員のニーズを踏まえながら、各施策の見直しや新たな方策についても検討し、実施をいたしてまいります。
前回、私が自衛隊高級幹部会同に出席した平成19年は、防衛庁が防衛省に移行した時期であり、大きな節目でありました。
今、安全保障環境が厳しさを増す中、防衛省・自衛隊が果たすべき役割は、先ほど来申し述べておりますように、かつてなく大きくなっておりますが、その役割を全うするためには、自衛隊に対する国民の理解が不可欠です。
これまで、諸官の先輩達はただひたすらに任務に邁進(まいしん)し、今や国民の9割は自衛隊に良い印象を持っています。
一方で、国民から信頼を受けていただくためには不断の努力が必要であります。
前回の高級幹部会同のときも、様々な事案があり、私は防衛大臣として、「真に国防に任ずる組織とはいかにあるべきか、真剣に、あらゆる角度から検討し、改革に全力を挙げて取り組んでいく」と申し上げました。
私は自衛官、自衛隊員であったことはありませんが、全ての自衛隊員が行う服務の宣誓の文言を、片時も忘れたことはありません。
「事に臨んでは危険を顧みず、身をもって責務(注)の完遂に務め、もって国民の負託にこたえる。」
この言葉を胸の中で反芻(はんすう)するとき、国防という任の重さ、そして、隊員諸官の覚悟の深さを痛感するものであります。
防衛庁長官であった平成15年。我が国はイラク復興支援のために自衛隊の部隊を派遣することとし、クリスマスイブの日、12月24日、当時の小泉純一郎内閣総理大臣臨席の下、愛知県の航空自衛隊小牧基地で航空自衛隊輸送機部隊の編成完結式が行われました。12月24日、多くの若者たちがクリスマスの楽しみに浸っている、そういう日でありました。その日行われた壮行会で、派遣される若い航空自衛官が私の手を握ってこう言いました。総理大臣から訓辞をもらい、防衛庁長官からも激励を受け、一緒に写真を撮り、握手して「頑張れよ」と言ってもらったと。なぜ自分が行かねばならないのか、イラクの人たちが、道路や学校、給水、そういうことをしてもらいたい、そういう強い願いを持っていたこと、当時のイギリスのある世論調査機関が行った調査で、一番今のイラクに来てほしいのはほかのどの国でもない、国連でもない、日本であったというような世論調査の結果、だからこそイラクの人々の願いに応えるのは我が日本国において自衛隊しかないこと、それを小泉内閣総理大臣から、そして防衛庁長官から聞くことができたと。自分にとって今日は最高のクリスマスだった、長官行ってきます、と。このように言ってくれました。C-130に乗って、若い隊員たちは飛び立っていきました。このことを私は終生忘れることは決してありません。
私が諸官の先頭に立ち、中谷大臣と共に、日本を、日本国民を守り抜いてまいる覚悟であります。その思いを改めてお伝えするとともに、諸官らの一層の努力、自衛隊の精強ならんことを、心から望み、訓示といたします。
(注)「職務」と発言しましたが、正しくは「責務」です。
令和7年6月30日
内閣総理大臣 石破 茂