サンパウロ大学における対中南米政策スピーチ

更新日:令和6年5月4日 総理の演説・記者会見など

 御列席の皆様、Boa tarde.(ボア・タージ)
 本日、私は、2013年のサンパウロ訪問以来、再びこの地に、総理大臣として戻ってまいりました。こうして日系人の方や企業の方とこの瞬間を共にして、この10年間私の中にたまり積もった、ブラジルへのサウダージ(郷愁)がやっと解消できた気がしています。
 そして今回、中南米で最も有名な大学の一つであり、伝統あるここサンパウロ大学で講演する機会を頂き光栄に思っています。折しも、サンパウロ大学と日本の筑波大学との間で、日・ブラジル学長会議の開催に向けた意向表明書が署名されたと聞いており、これを歓迎するとともに、今後の両国間の学術交流が活発になることを期待しています。
 さて、私は、今回の長い旅において新たな「道のり」というものを考えながら、サンパウロまで参りました。
 150年ほど前、日本がやっと近代化の歩みを始めた頃、中南米の諸国は、日本にとっての教師でした。我々に手を差し伸べ、国際社会への「道のり」を示してくれた、かけがえのない友人が、中南米の国々です。
 日本は中南米から多くを学び、そして多くのチャンスを頂きました。中南米での成功を夢みて、多くの日本人が、地球の反対側にある異国に向けて故郷(ふるさと)を離れ、人生を賭けて出発しました。そして、ここサンパウロこそ、20世紀の初め、ブラジルへの最初の日本人移民が歩んだ新たな「道のり」の到達点です。ブラジルを始め、この大陸には多くの日本人が流した汗が染みこんだ「道」が伸びています。
 一世紀の歴史を経た今、この地では世界最大の日系社会が輝きを放っています。サンパウロでは、日本食の人気が高く、マクドナルドよりテマケリーアの方が多いとさえ言われています。日本酒の普及によって、カイピリーニャならぬ「サケピリーニャ」も登場している、こういった話も聞きました。
 そして1956年、先の大戦で敗れた日本が国際連合に加盟する際に、当時の中南米の全ての加盟国が賛成してくれました。再び中南米の国々が手を差し伸べ、新たな「道のり」を示してくれたのです。我々は、中南米の友人たちが与えてくれたサポートを忘れることはありません。
 今から10年前。私は外務大臣として「中南米と共に新たな航海へ」と題した講演を行いました。それは、共に発展する日本と中南米、グローバルに手を携えている日本と中南米、という二つの視点から我々の協力を展望するものでした。
 あれから、10年にわたる航海を共に続けてきました。我々の関係は、互いを尊重し、学び合う、重要なパートナーと昇華しました。
 しかし、10年前と今では、国際社会を取り巻く状況は全く異なるものになっています。国際秩序は今、新たな挑戦に直面しており、我々が標榜(ひょうぼう)している自由と民主主義は、世界で脅威にさらされています。
 しかし、こうした時代だからこそ、私たちが共に進んできた「道のり」を今ここでもう一度振り返り、そして、より良い未来に向けて新たな「道のり」を示したい。今日、このときを、日本と中南米の新たな航海への船出としたいと考えています。
 それは、日本と世界が中南米に期待しているからです。価値と原則を共有し、グローバル課題の解決に積極的に貢献できる、多大なるポテンシャルを有する中南米。今年はブラジルがG20(金融・世界経済に関する首脳会合)の議長国を務め、ペルーがAPEC(アジア太平洋経済協力)議長国を務めます。日・カリブ交流年でもあります。世界のスポットライトが、ここ中南米に当たります。今こそ、我々が手を携え、どのように世界を共に築いていくかを語るには最良のときです。
 本日私は、日本と中南米が手を取り合い、世界を協調へと導くために、我々が今後10年間、共にひらくべき「道のり」についてお話しいたします。
 「人間の尊厳」。これは私が、昨年のG7議長として、ルーラ大統領を始めとする世界の主要地域の首脳と議論を深め、国連総会で発表した、世界の協調への原点です。そして日本が「人間の尊厳」が守られる世界の実現を目標に掲げるとき、中南米はかけがえのないパートナーとなることを確信しています。
 では、「人間の尊厳」が守られる世界の実現には何が必要なのか。私は、そのために日本と中南米が、いや、私たちのみならず世界の国々が共に取り組むべき、三つの方向性をここで明確にしたいと思います。
 第一に、誰もが尊厳を持って生きられるために、平和で安定した世界を築くこと、これは不可欠です。2013年の講演で私は、度重なる内戦と不安定な政情から、民主主義と法の支配が根付く地域へと変貌を遂げた中南米を賞賛しました。
 法の支配に基づく自由で開かれた国際秩序があからさまな挑戦を受ける今、この秩序が最も脆弱(ぜいじゃく)な国・人々の尊厳を守るためにあることを知る私たちこそが、世界を導く覚悟を持たなければなりません。
 第二に、気候変動や国際保健に格差や貧困の問題も混じり合った、人類共通の課題も克服していかなければなりません。中南米には、水不足によるパナマ運河の通行量減少、歴史的低水準のアマゾン川の水位など気候変動によると思われる影響や、小島嶼(とうしょ)国特有の脆弱性に直面するカリブの国々があり、そして地域の多数の国が格差や貧困の問題に取り組んでいます。
 これは他の誰かが解決すべき問題ではなく、中南米自身が取り組むべき課題であり、また、日本が中南米と共に取り組まなければならない課題でもあります。ルーラ大統領がおっしゃるように、その公正な解決のために「私たち全員が声を上げる必要がある」のです。
 第三に、「人間の尊厳」は、豊かさへの歩みの中で満たされるものです。そしてそれは誰かの犠牲によらず、世界の全ての人々に共有されるものでなければなりません。
 中南米諸国は、ルールに基づく自由で公正な経済秩序を一貫して支持するとともに、豊かな食料や資源を自由貿易を通じて他国に共有し、世界の繁栄に貢献してきました。力や威圧ではない、信頼に基づく経済関係こそが、公正な豊かさにつながるのです。
 これら三つの課題克服の方向性。おおむね皆さん共感いただけるのではないでしょうか。その上で、我々が到達すべき目標は共通でありながらも、それに至る「道のり」は各国によって異なり得ます。
 一つの例を挙げましょう。「核兵器のない世界」の実現。これは、広島出身の私が、政治キャリアをささげてきた目標です。唯一の戦争被爆国である日本と世界初の非核地帯である中南米。我々が共にこの目標の実現に取り組むことの意義は、改めて語るまでもないでしょう。3月、日本は、FMCT(核兵器用核分裂性物質生産禁止条約)フレンズの立ち上げを表明しました。これは、核兵器用の原料の生産を禁止することにより、核兵器の数量増加を止めることを目指したものであり、ブラジルも参加しています。これも含め、日本は、「ヒロシマ・アクション・プラン」の実行を通じて、現実的な、実践的なアプローチを進めています。
 「核兵器のない世界」という共通の目標と、それに至る多様なアプローチ。その「道のり」について中南米諸国と意見を交わし、対話を通じて、協力の在り方を探っていきたいと考えています。
 これは、地域情勢や地球規模課題への対応についても同様です。私たちが「人間の尊厳」という根源的な目標において一致できるのであれば、「道のり」の多様性は前向きに受け入れ、尊重し合い、互いに学び合い、対話を通じて、より良い未来を共創するための協力をしていくことが、困難な課題を解決する足がかりとなる。そのような協力の在り方を、共に探ってまいりましょう。
 パウロ・コエーリョはかつて述べました。「自分が正しい道を歩んでいると思うことと、自分の道だけが唯一の道だと思うことは別のことだ」と。
 日本は「多様性」と「包摂性」を問題解決の「道のり」の大前提に置きます。そして、中南米というパートナーとの対話を通じて、このようなアプローチが可能であることを証明したいのです。私たちの協力は、世界に向けて明るい「未来」への「道のり」を光で照らすものです。分断・対立ではなく協調へ。私たちが、共に、そのモデルを示そうではありませんか。
 御列席の皆様、ここからは「人間の尊厳」へと続く「道のり」について、先ほど申し上げた三つの方向性に沿った具体的なビジョンを示していきましょう。
 第一に、法の支配に基づく自由で開かれた国際秩序の確保です。
 昨年のG7広島サミットでは、法の支配に基づく自由で開かれた国際秩序の維持・強化や、主権・領土一体性の尊重といった国連憲章の諸原則の重要性を共有いたしました。昨日、ルーラ大統領との間でも、この成果を振り返り、共に発展させていくことを確認いたしました。
 多国間主義に対する信頼を回復させるには、ブラジルも重視するグローバル・ガバナンス改革が急務です。国連の機能強化、中でも、現在の世界を反映した安保理を実現すべく、ブラジルを始め、中南米諸国と協力して、改革に向けた具体的行動を進めていきます。
 太平洋、そしてパナマ運河で結ばれる日本と中南米。日本は、法の支配に基づく開かれた海洋秩序の維持・発展に尽力し、日本の技術や融資を通じて運河の安全・安定的な利用環境の確保に協力しています。
 さらには、日本と中南米の協力は、陸や海を越え、宇宙、ICT(情報通信技術)分野やサイバー空間にまで及んでいます。今般の訪問に際しても、ブラジル、パラグアイとの間で、こうした分野での協力の強化を確認しました。宇宙、サイバー空間における平和と安定にも貢献すべく、引き続き、中南米と協力を強化していきます。
 加えて、日本は、中南米地域の平和と安定のために多くの協力を重ねています。西半球最大の課題とも言うべきハイチの窮状への治安・統治支援や人道支援。国際社会が共に取り組むべき人道的課題である移民問題については、WPS(女性・平和・安全保障)の観点も念頭に移民収容施設や教育施設への支援、女性の保護及び能力強化支援。また、移民発生の根本原因の一つである治安の悪化に対しては、「交番」制度の普及を通じた取組。これらの協力を通じ、日本は、中南米地域における法の支配、さらには人間の尊厳の実現を支えていきます。
 こうした我々の協力が実際に実を結ぶ鍵は、中南米諸国の手の中にあります。日本は、皆様のオーナーシップを尊重しつつ、日本ならではの協力を実施していきます。
 第二に、環境、気候変動など人類共通の課題の克服です。20年以上にわたり実施した「日伯セラード農業開発協力事業(プロデセール)」の成功を糧に、私は今回、ルーラ大統領との間で、「日ブラジル・グリーン・パートナーシップ・イニシアティブ」を立ち上げました。
 「地球の肺」とも呼ばれる広大なアマゾンの熱帯雨林。その森林保全のため、日本は、アジアから初となるアマゾン基金への拠出を決定いたしました。リモートセンシングといった日本の先進技術も活用し、アマゾンの森を、守り、育て、共に生きる、ブラジルの人々の努力に加わりたいと思っています。
 気候変動の影響は、カリブ諸国など、小島嶼国に如実に及びます。同じ島国として、日本は自らの知見と経験をいかした協力を実施し、カリブ地域全体への防災対策にも貢献していきます。
 中南米は重要なエネルギー資源の宝庫であり、脱炭素化の実現に向けたキープレイヤーです。ブラジルの強みであるバイオ燃料・合成燃料と日本のハイブリッドエンジン等の高性能モビリティ機器の組合せは、大きな可能性を秘めています。ブラジルが来年議長を務めるCOP30(国連気候変動枠組条約第30回締約国会議)に向けて、両国で、ネット・ゼロという共通の目標と各国の事情に応じた多様な「道のり」。このアプローチの重要性を世界に示してまいりましょう。
 第三に、誰をも犠牲にせず、世界の全ての人々が共有できる繁栄の追求です。
 この10年で中南米に進出する日本企業の拠点数は、1,000以上増加しました。このことからも、中南米経済の未来に対する日本の期待の大きさを理解いただけると思います。
 日本が中南米と目指すのは、持続可能なバリューチェーンの共創です。日本企業の活動は、ここ中南米で新規産業の創出や安定した質の高い雇用を生み出すことで、格差や貧困の解消に貢献します。そして、政府も、こうした日本企業の事業を後押ししています。
 持続可能性は、経済協力においても重要な考えです。近年、世界各地で「債務の罠」が問題視されていますが、日本は、今後も、相手国の実情を踏まえ、「質の高いインフラづくり」を始めとして、持続可能な経済協力を推進していきます。
 加えて、経済活動を進めるに当たり、環境、人権に重きを置くことで、真に持続可能な成長を、地域社会との協働の中で実現する。これが、私の考えです。こうした考えを中南米ともに共有し、繁栄を追求していく、この考えの下では、経済的圧力を背景に、特定の行動を強いる経済的威圧などは、到底認められるものではありません。
 最後に、日本と中南米がこれらの共通目標に向かって併走していくために不可欠なこと、それは人と人とのつながりです。
 中南米の地では、先達が築いた日系社会への信頼を基に、約310万人の日系人による新たな価値の創造が続いており、あらゆるレベルでの交流を新たな「道のり」にいざないます。それを後押しするために、今後3年間で1,000名規模の交流事業を実施いたします。若い世代を含む日系の皆様に、日本を肌で感じていただき、日本の多様な魅力を中南米の人々に発信していただき、同時に、日本社会に皆様のバイタリティを注入していただければと考えています。
 次世代を担う若者同士のきずなこそ、日本と中南米の新たなパートナーシップの「道のり」をひらく鍵なのです。
 御列席の皆様、日本には、「道のり」をうたった高村光太郎による有名な詩があります。そして偶然にも、スペイン語にもアントニオ・マチャードによる同じ内容の詩があります。
 「道行く人よ、道があるのではない、道は歩むことにより作られる」
 100年の昔、サントスの港に導いた私たちの父祖は、その後長年にわたる困難な「道のり」の末に、今日に至るブラジル日系社会の礎を築きました。今私たちも、不確実性を増す国際社会の中でそれぞれの「道のり」を歩んでいます。私たちの新しい「道のり」を支えるのは、目標を共有するパートナーの存在であり、「人間の尊厳」が守られる世界の実現に向けた未来への希望です。
 日本と中南米。私たちが今、共に歩んでいるこの歴史的なパートナーシップの後には、新しい「道のり」ができます。それこそが、分断と対立の危機に瀕(ひん)する世界を協調へと導く、輝ける「道のり」となるでしょう。いや、そうさせることが私たちの子供や孫、そして「未来」に対する私たちの責任です。
 最後に、私の再びの中南米訪問を温かく歓迎していただいた全ての方々に感謝申し上げます。今回の訪問を通じて確認した、日本と中南米の新たな協力の萌芽(ほうが)に力を得て、私自身、日本と中南米の新たな「道のり」を先頭に立って歩んでまいります。
 ありがとうございました。Gracias(グラーシァス), aguyje(アグイジェー), obrigado(オブリガード).

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